ディレクターズノート

竹内としえは、ビジュアルアーティスト、フィルム作家、イベント主催者。日本では

23歳まで育ち、その後渡英してロンドンの美大で写真を学んだ。ロンドンとヘルシンキに約8年間住んだ後、2010年にオランダのアムステルダムに引っ越した。2011年にリートフェルトアカデミーのオーディオビジュアル科を修了した後、同国ハーグ市のコンゴ民主共和国大使館を占拠するコミュニティーに移り住んだ。そこで5年以上滞在した後、 現在でも拠点を置いているデンマークに引っ越した。

私は占領下の大使館に引っ越した当時、コンゴ民主共和国について何も知らなかった。ベルギーの植民地としての歴史も、独立の日から現在に至るまでの国のあまりにも悲惨な闘争についても、知らなかった。また、アフリカ大陸全体についても、よく考えて

みる事はしなかった。アフリカは日本人である私の日常、現実から遠く離れていると

なんとなく思っていた。自分がいかに無知であったかを認めるのはとても恥ずかしいし、勇気がいる。自分の生きている現代社会がいかにアフリカの(だけではないが)

資源と人間の搾取によって今でも支えられているか、を認識してこなかった。

更に、私はオランダのスクワット活動、スクワッター達の偉業と努力についても、全く知らなかった。結局のところ、私は今でも、あの家に住む権利があったのだろうか、

と思うことがよくある。ここでいう「権利」とは、スクワット活動者の法的権利ではなく、倫理的な権利を意味する。 それぞれの苦難の歴史を認識せずにあの空間を使用するのは適切であるのか、と今でも考える。私はクリエイティブで美しい心を持った人々との共同生活がとても好きであったし、あの家の自分の住処がすきだった。でも私は、

この多くの側面から派生するジレンマを頻繁に抱えていた。私たち住人は、外交特権を有するコンゴの治外法権の領域に住みながら、その特権に守られ住んでいながら、コンゴについての話しはほとんどしなかった。私たちがこの建物に住みつづけられる、という権利に関しての懸念が浮上しない限り。。。

このなんとも言えない距離感。あまりにも距離がありすぎる一方的な親近感。混乱した「間」。
認識できそうで認識できないこの混乱した感覚、ジレンマをどのように表現したら良いのか考えた。この空間、あの歴史、そして目の前で起こる存在の強い「今」。

 

それらとどのように関係性を持ったら良いのか?このコミュニティとどのように関係性を持ったら良いのか?「A HOUSE PLACED IN BETWEEN – Poetry in the comfortable grey zone –」は、置かれている文脈を含めた環境とどうやって関係性を強められるのか、についての試行錯誤のプロセスを描写している。

このプロジェクトのリサーチと制作プロセスは簡単とはほど遠いものだった。私の好奇心、リサーチ、そしてこの主題への取り組み方は、コミュニティにインスピレーションをもたらせるだけでなく、残念な事に、その家に住む一部の人々には混乱、ストレス、不信感をもたらした。私はそれを認めていたが、共有されていなかった(共有する事を拒まれた)この曖昧な空間の一側面に光を当てる事が、まるで義務であるかのように

感じていた。更に、私は、この映像作品内の一部の画像やスピーチが、浅はかであると見なされる可能性があることを認識している。しかし、この占領されたコンゴ大使館という空間の、多義的さと厄介さを示すために、それらを作品内でこのように提示する事にした。

今だに多くの人々が搾取をされ、植民地時代の過去や人種差別や格差差別に関する苦痛な経験を否定されている。私たちの住むこのような現代社会に、この映画が解決策を提示できるかどうかはわからない。それでも、もう一度拡大鏡をもって、自分の環境と

向き合ってみる為の一つの提案として実現した。観る人へ何らかの刺激をもたらせれば良いと願う。制作に参加してくれたコンゴ人の一人が、「この大使館の状況は、氷山の一角にすぎないから」と撮影中に言っていたように。

2021, 竹内としえ